大切な人の最期 蘇生しますか?

大切な人の最期 蘇生しますか?

蘇生とは命の危機にある時に、救命のために行う行為のことです。

救命のためには不可欠な行為ですが、状況によっては不利益の方が大きくなってしまうこともあります。

特にご高齢の家族がいる場合には直面する、蘇生をする・しないの問題についてお話しします。

どんなことをするのか

私たち医者は患者が致死的な状況にある場合、それを救うために侵襲的な(痛みを伴うような)医療を施すことがあります。
以下に具体的な例を挙げていきます。

①胸骨圧迫

俗にいう心臓マッサージです。
心臓が停止した場合、体(特に脳)に必要な血液を送ることができず、死に至ります。
それを防ぐために胸の真ん中を強く圧迫し、心臓を物理的に押すことで、血液を送り出します。
これ自体で心臓を回復させることはなく、あくまで一時的に急場をやり過ごすためのものです。
ご想像の通り、非常に強い力がかかるので、ろっ骨が折れてしまうことが多いです。

②気管挿管・人工呼吸器管理

心臓が止まったり、脳に大きなダメージがある場合、呼吸が停止してしまいます。
呼吸が止まれば当然、必要な酸素を取り込むことができなくなり、死んでしまいます。
確実に呼吸をさせ、体に酸素を供給するために、口から空気の通り道である気管に管を入れます。これを気管挿管と言います。
気管挿管した後には、人工呼吸器につないで、呼吸のサポートをします。

気管挿管は受ける人にとって非常につらい行為です。
喉周りというのは非常に敏感なところで、胃カメラのことを想像してもわかるように、いじられると非常にストレスがかかります。
そこを大きく展開し、太い管を入れ、留置するので、麻酔なしには行うことができません。
しかし、非常事態に行う場合は、やむを得ず無麻酔で行います。
非常に苦しい状況にしてしまうことは間違いありません。
また、人工呼吸器での呼吸はそれ自体が、息苦しい感じが取れず、これもまたしんどい状況です。

命の危険があり、このようになってしまった場合には、おおもとの病気が改善するまでは人工呼吸器を必要とするため、一生抜けなくなってしまう場合もあります。
人工呼吸器を必要としている人に、これを抜いてしまう行為は殺人になってしまうため、現在の日本では行うことができません。

③昇圧剤投与

アドレナリンの投与などがあります。
上の二つほどは痛々しい医療処置ではありませんが、劇薬を流すことになるため、体にとっては決して楽なものとは言えません。
無理やり交感神経を頑張らせるため、手足が冷たく冷え切り、ふるえや動悸が止まらなかったりと不快感が強いことも多いです。
これも根本的治療とはいいがたく、あくまで悪い時期を乗り越えるための処置です。

④輸血

受ける人にとってはそこまで負担のかかるものではありません。
しかし、輸血に使われる製剤自体は、献血であつめられた限りある医療資源です。
もちろん必要時に当然使うことは正しいことですが、悪い状況を延長させるだけと考えられる場合には控えなくてはなりません。
輸血についてはhttps://surgeon-s.com/transfusion/

⑤その他

無理な状況(改善の可能性がない場合)で手術をしたり、慢性的な悪化心臓病に人工心肺をつけたりということが考えられます。
針をさしたり、管を入れる行為も全く痛みを伴わないわけではないので、その目的と効果、危険性を考慮する必要があります。

蘇生をする状況とは

心臓や呼吸が止まっているときは当然ですが、止まる予兆のある場合(意識がはっきりとしなかったり、血圧が異常に低い場合)には蘇生を行う必要があります。
しかし、上でも述べた通り、どれもこれも一時しのぎにしかなりません。
一時的に調子を持たせることによって改善が見込める場合にのみする必要があります。

蘇生を勧めるできない人とは

端的にいうと、回復の見込みがない人です。

具体例を挙げると、
高齢で体力や回復力が非常に乏しい人
慢性的な病気(心臓や脳)などの高度に進行した人
癌の末期の人

などです。

なぜ、これらの人に勧めることができないかというと、ひどく負荷のかかること(痛みや苦しみを与えるような処置)を行っても救命の見込みが非常に低いからです。
医療行為はどれも少しであっても患者に負荷を与えます。
その負荷に対してメリットが見合っていない場合には、やはりするべきではなく、害しかないのであれば傷害と同じです。
外科医が誰でもなんでも手術するということをしないのも、これに当てはまります。

蘇生をしないことは

蘇生をしないでいることを、諦めや放棄したように感じられ、罪悪感を覚える方がいらっしゃいます。
しかし、これは真面目に向き合わなかったわけでも、患者を大切に思っていないわけでもありません
むしろ、独りよがりに頑張らせることは、患者にかかわるすべての人にとって辛くさせることもあります。
人間のできる限られた医療行為の中で、痛みや苦痛を与えないという選択肢もあると考えていただければと思います。

他の治療は

しないことだけ考えると、諦めて放棄しているように思われますが、ほかの治療もあります。
最近は、緩和ケアとして注目を集めていますが、苦痛をとり、最後の時間を充実したものになるようにサポートするというものです。
病気を治すだけが治療ではなく、苦しみや痛みなどを和らげることも立派な治療です。

最期に

とてもシビアな問題かつ様々な意見がある内容だと思います。


私たち外科医は比較的このような場面に遭遇し、向き合わなければならないことが多いです。
その中で考えたことであり、一般論ではなく、私の意見や考えが少なからず入っています。
死はだれもが避けることができず、その迎え方も目を向ける必要があります。

一つの考えとして参考にしていただければ幸いです。

お大事に。